次世代の持続可能な社会のひとつの形として水素社会が提唱されています。水素は地球上に豊富に存在し、使用しても水しか製造しないため、環境問題を解決するものとして多いに期待されています。ですが、常温常圧で気体であるため、輸送や貯蔵には適した媒体とは言えません。そこで、アンモニアや有機ハイドライドなどのエネルギーキャリアと呼ばれる化学物質(=エネルギーキャリア)に変換して水素を輸送・貯蔵する試みが近年注目されています。例えば、再生可能エネルギー由来の電気を使用して水電解により水素を得た場合、それを水素(エネルギー)キャリアに変換して輸送します。消費地の近くでキャリアから水素を取り出して、燃料電池に供給して電力を得ることができます。つまり、時間変動が大きく、地域偏在性の高い再生可能エネルギーをエネルギーキャリアとして輸送・貯蔵していることになり、再生可能エネルギーを系統電力から切り離して利用することができます。本研究室では、このエネルギーキャリアの電解合成とそれを直接使用した燃料電池の開発に取り組んでいます。上図では「ギ酸」を例に挙げていますが、再生可能エネルギー由来の電力とCO2でギ酸は合成することができます。ギ酸は常温常圧で液体のため輸送や貯蔵に適したエネルギーキャリアです。そのギ酸を直接燃料電池で発電に用いることができれば水素・水素キャリアを用いたプロセスよりも少ない工程でエネルギーを輸送することができます。また、CO2を効率よく使用するので二酸化炭素の効率的使用技術(CCU)としても期待できます。このようなプロセスを実現するために、本研究室では直接形燃料電池(創エネルギー)並びにCO2からのエネルギーキャリア電解合成プロセス(蓄エネルギー)の高性能化に取り組んでいます。
直接形燃料電池の開発
ギ酸やメタノール・エタノールなどの液体燃料を直接発電に用いる燃料電池は直接形燃料電池と呼ばれています。本研究室では特に燃料にギ酸を用いる直接ギ酸形燃料電池について精力的に研究開発を進めています。直接形燃料電池は一般的に水素と酸素で発電する固体高分子形燃料電池と同様の構造をしています。しかしながら、電極構成材料は拡散性に優れた気体燃料を使用する想定で設計されており、必ずしも液体の供給に適しているわけではありません。さらに、電極反応を起こすと二酸化炭素が生成し、液体燃料の供給を妨げる場合があります。一方で、燃料が過剰に供給されると、燃料が電極反応を起こさずに電解質膜を介して空気極に到達して酸素と直接反応してしまいます。このような現象をクロスオーバーと言い、混成電位及びギ酸酸化反応に伴う生成水の増加などにより出力の低下を招いてしまいます。このように、直接形燃料電池では物質移動の適切な制御が高出力化にむけて非常に重要になっています。
このような背景に基づき、本研究室ではナノスケール〜メートル・センチスケールまでの幅広い分野で研究を展開しています。例えば、触媒の開発においては、単純に高いギ酸酸化活性を目指すだけではなく、電極に適用した際に優れた物質輸送性を発揮できるようにその形状にも注目しています。また、電極を作製する際にはインク調整・塗布・乾燥・圧着などの工程が必要となります。これらのプロセスパラメーターは電池の性能に大きく影響を及ぼし、最適値は使う材料によって大きく異なります。そのため、優れた材料の特性を十分に発揮させるためにの電極設計指針の構築にも取り組んでいます。実際に作製した電池の中での物質輸送現象を実測するのは困難を極めますので、数値シミュレーションにより内部の移動現象を可視化する研究も行っています。これらの知見を集約して、本研究室では簡易システムまで自作しています。このように、本研究室では様々なスケールでの研究開発に取り組み、本電池の実用化を目指しています。
CO2電気化学還元による
エネルギーキャリア合成
ギ酸やメタノール・エタノールなど燃料に炭素を含む直接形燃料電池を駆動すると必ずCO2が生成します。これらのCO2が化石燃料由来で製造されている場合、CO2を排出する結果になってしまいます。そのため、本研究室ではCO2から燃料(エネルギーキャリア)を直接合成する電気化学還元にも取り組んでいます。この際の電気は再生可能エネルギーを想定しています。この技術が確立できれば、直接形燃料電池から排出されたCO2を用いて余剰の再生可能エネルギーをエネルギーキャリアとして貯蔵しておくことができるため、再生可能エネルギーの平準化(安定供給)にも寄与します。また、工場や発電施設などから排出されたCO2を使用すれば、CO2をギ酸として固定化する(ギ酸→CO2→ギ酸として滞留させる)ことも可能となります。この技術に対しても直接形燃料電池で行われている研究と同様に、材料開発・電極設計を推進し、効率の向上を目指しています。